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絵本『しらすどん』(岩崎書店)は、2021年に出版後、たくさんの子どもたちに読まれています。
ゆたかな海の色を思わせる茶わんの中で、シラスを抱えて眠る少年の表紙が印象的な本作。ページをめくって始まる物語は、平和な少年の日常の世界……のはずでした。
みなさんは、目の前の食卓に並ぶ料理の食材が、どのようにして今、自分の目の前にあるのかを考えたことはありますか?
ふだん何気なく食べている、シラス。
『しらすどん』は、イワシの赤ちゃんであるシラスという小さな命が、どのようにして今、自分の目の前にあるのかを伝えます。食べ物の大切さについて、改めて考えさせられる絵本です。

『しらすどん』をつくった絵本作家、最勝寺朋子さんに、『しらすどん』への思いについて、そして最勝寺さんの人生について伺いました。
ここでは、『しらすどん』の制作秘話や最勝寺さんが絵本にこめた思いについてお届けします。
【『しらすどん』ができるまで】
──『しらすどん』はどのようなきっかけやアイデアから生まれたのですか?
私の身近な人で、食べ物を決して残さず、特にシラスやサクラエビについては、わずかでも残ってしまうことに対して強烈に気にする人がいるんです。
小さな食べ物でも、もともと1匹1匹にそれぞれ命があるのだから、肉や魚の切り身のひとかけらを食べ残すのとは訳が違うという考え方のようなんですね。
「ちゃんと全部食べてもらえるのか気になってドキドキしちゃう!」と言って、ほかの人のお皿の中までチェックしないと気が済まないんです。
もはや「シラスハラスメント」といっても過言ではないですが、私からすると、その姿が最初は滑稽に見えて、創作意欲を大いに刺激されました。
一人で落ち着いてシラスのことを考え始めると、自分も子どものときに食べ物の命についてよく考えていたことを思い出しました。
私たちは、ほかの生き物の命をもらうことでしか生きていけません。子どものころ、そのことに気づいたとき、とてもショックで、悲しかったです。
身近な生き物に親しみを持っていたからでしょうか、「誰も殺されない世界に生まれたかった!」と思いました。
中学生くらいまではたまに、そんなふうに悲しい気持ちになることがあった気がします。
でも、受験を経験したり、会社で働いたりする中で、だんだん余裕がなくなってきて、ごはんのときにいちいちそんなことを考えなくなっていたんですよね。
シラスの絵本を描くなら、子どものころの自分が感じていた、そんなどうしようもない気持ちに寄り添えるような絵本にしたいと思いました。
たくさんの食べ物の命が食べられないままごみに捨てられている「フードロス」という問題についても、調べました。
「自分たちはいつも食べる側だ。食べられる側になることはない」とたかをくくって命を粗末にしていれば、いつか報いを受けることになるかもしれない……。
そんなことを考えているうちに、「自分が残したシラスの代わりに、シラスの一生を体験する」というストーリーが浮かんできました。
ストーリーの構造としては、手塚治虫先生の『火の鳥(異形編)』(朝日新聞出版)に影響を受けていると思います。
──『しらすどん』を制作する中でたいへんだったことはありますか?
目の前の食べ物は、どんな一生を送ったのだろう。どんなふうに、私のお皿の中に連れてこられたのだろう。私の家から出したごみは、結局最後どうなるのだろう。
この絵本を作るにあたって、子どものころに答えが出ないまま、いつのまにか大人になって考えなくなっていたことと、真剣に向き合ってみようと思いました。
そのために、シラスが体験していることをできるだけ全部自分で体験して、一生を可能な限り理解してから絵本を作ると決めました。
──絵本には海の中でのシラスの様子や漁、ゆでられる様子なども描かれていますが、具体的にはどのような体験をされたのですか?
自分がやっていった順番とは違うのですが、わかりやすい順に説明すると、まず神奈川県立生命の星・地球博物館の魚類学講座を受講して、魚の体の仕組みや図鑑の引き方を学びました。
そして、『日本産稚魚図鑑』(東海大学出版会)と顕微鏡を買いました。
図鑑には、魚の種類ごとに消化管の長さや目の大きさ、ふん(口先)の長さなどの体の特徴が書いてあります。顕微鏡でシラスを見ながら図鑑と見比べることで、目の前のシラスがどの種類の魚の赤ちゃんなのかがわかります。
釜揚げシラス1パックの中に、どの魚の赤ちゃんが何匹いるのかを数えてみたりもしました。

産地や加工の方法によって、魚の種類やその割合が違うことなどがわかってきました。
同じ種類の魚ごとに大きさ順に並べてみると、成長する過程でどんなふうに体が変化するのかが見えてきました。
それから、顕微鏡で釜揚げシラスを観察して、描いてみました。
顕微鏡で見ると、同じ種類でもそれぞれ顔立ちや体つきが違うのがよくわかります。
私たちが一人ひとり違うように、シラスたちもそれぞれに生きた時間があるのだと実感させられました。
──確かに絵本の中で、シラスたちはよく見ると1匹1匹がいきいきと、とてもていねいに描かれていますよね。
シラスを並べて見てみると、顔が全然違うんです。
ウルメイワシのシラスは顔がすごく細長いとか、それがわかり始めると、すごくおもしろくなりました。
カタクチイワシとマイワシも全然違いますし、知ってから食べると、感じ方というか重みが変わってきます。
だから、1匹1匹を残すことができないという気持ちもわかるのですが、一方でシラスもほかの生き物を食べていて、それを私たちは食べているという事実を、そのまま受け入れることも大切だと思うんですよね。
『しらすどん』を読んだときだけでいいから、そういうことをたまに思い出してくれたらいいなと思っています。
──そして絵本ではいきいきとした海も描かれています。
「シラスといっしょに海で泳ぎたい! シラスが海で泳いでいるところを見てみたい!」と思い、ダイビングスクールに通って、スキューバダイビングの練習を始めました。
海底でマスクやレギュレーターをはずして装着し直す訓練などは正直こわかったのですが、先生や先輩ダイバーさんたちの励ましで、なんとか潜れるようになりました。

──潜ってご自身の目で見た海の中はいかがでしたか?
自分が思っていたよりもカラフルで、個性豊かな生き物たちが地元の海にいて驚きました。
岩礁の近くでは、鮮やかな青色のソラスズメダイや橙色のキンギョハナダイ、ネンブツダイの群れがひらひらと泳いでいました。
インストラクターさんに促されて岩陰や海藻、イソギンチャクの中をそっと覗くと、赤白の縞模様のオトヒメエビ、頭に皮弁(突起)を持つコケギンポ、タツノオトシゴの仲間のつがいなどがいました。
砂地の上では、ハナアナゴが海底の穴から顔を出していたり、ヒメジが黄色いひげを動かしながら進んでいたりしました。
ほかにも、クラゲ、ゴカイ、ウミウシ、ヒトデ、ウニ、ナマコ、貝などたくさんの生き物を見ることができて、ゆたかな場所なのだと感じました。
食材として親しみのあるアジやヒラメ、コウイカなどが、海の中で生きている姿を見ることができたのもよかったです。
──シラスが泳いでいるところも見ることができたんですよね。
シラスと呼ばれているカタクチイワシやマイワシなどの赤ちゃんは、同じところにじっとしているわけではないので、狙って見に行くことはできません。だからこそ、運よく海の中で出会えたときは、とてもうれしかったです。
それまでに釜揚げシラスや生シラスを見ながら魚の種類を見分ける練習をしていたおかげで、目の前にいるのがカタクチイワシの赤ちゃんの群れだと見当がつきました。海の色に染まる透明の体はきらめいて、とても美しかったです。
──漁船にも実際に乗ったのですか?
「シラスといっしょに海で網にかかりたい」とも考えていたのですが、私がいっしょに網の中に入ってしまったら、網の中のシラスが全部売り物にならなくなってしまうので、だめですよね。せめて網にかかる瞬間を見たいと思い、漁師さんにお願いしてシラス漁に同行させていただきました。
11月下旬の早朝のことで、海の上を船で進むと、冷たい風が体に当り、震えや鼻水が止まりませんでした。
それなのに、漁師さんは腕まくりをして、長い網を力強く引っ張り、てきぱきと仕事をこなしていきます。そして、シラスがとれたら、氷水に入れて素手でかき混ぜるんです。
どうして素手でやるのかと聞いたら、「なるべく新鮮なまま届けたいからそんなこと気にしてられないよ」と言われました。
それを聞いて、私は漁師さんへの尊敬と感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
網にかかるときのシラスの身になってみたかったはずなのに、網にかかって動かなくなっていくシラスを見て思ったのは、とにかく「おいしそう! 食べたい!」でした。
──絶対においしいですよね。
新鮮なシラスは、それまでに食べたことがないほどおいしかったんです! ふしぎと、生き生きとした気持ちになりました。シラスのように、自分も海で暮らす生き物になれたように思いました。
卵の状態からどんなふうに大きくなっていくのかについては、海の中で卵を見つけて観察するのは難しいので、研究者の先生が撮影した動画をお借りしたり、神奈川県にある新江ノ島水族館のシラスの展示を見に行ったりしました。
ほかにも、ごみ処理センターやシラスの加工場なども取材させていただきました。
たいへんではありましたが、さまざまな取材を重ねるうちに、シラスの一生が少しずつ見えてきたので、とてもやりがいがありました。
──そうした経験もあってか、絵本の海の色はページによって違う印象を受けました。
自分が実際に潜ったこともあって、深さによって海の色に違いがあることも描き分けたかったので、色をわざと変えて描きました。

私にとっては初めての絵本で、印刷でどの色が出にくいとかを考えないで描いてしまっていました。印刷で原画のような色を出すのは難しかったそうで、実際に絵本になった際に、担当の編集者さんが「ここまで表現できるのは、それだけの技術があってこそなんですよ」と教えてくださいました。
印刷所にも通わせていただき、勉強させていただきました。
絵本の印刷で色味を調整するプリンティングディレクションを担当してくださった髙栁さんや、東京印書館さんのみなさんが、私の思いをくみとってくださったので、本当に感謝しています。
原画はアクリル絵の具で描いているのですが、原画よりも良くしていただいたページがたくさんあります。
私自身が紙の絵本が大好きなことから、紙の絵本へのこだわりが強く、用紙も環境のことを考えてFSC ©︎認証紙(認証を受けた森林から伐採した木材を原料に、木材の輸送から紙の加工、印刷にいたるまで審査された事業者が担当する用紙)を使いたいという希望がありました。
それを伝えたら、編集者さんにご快諾いただき、とてもうれしかったです。
みなさんのおかげですてきな絵本を作ることができ、感謝しかありません。ありがとうございます。

──『しらすどん』にこめた思いについて、改めて教えてください
シラスはイワシなどの仔魚、赤ちゃんです。赤ちゃんをこんなにたくさん食べていると知ったときは、申し訳ない気持ちになりました。
ですが、彼らが食べているものもまた、生き物の赤ちゃんです。
釜揚げシラスをよく見てもらうと、おなかが赤かったり、黄色かったりするものがありますが、これは消化管の中に甲殻類の赤ちゃんが入っているからなんですね。
甲殻類の赤ちゃんをイワシの赤ちゃんが食べて、それを人の子どもたちが食べている。
食べるほうも食べられるほうも一生懸命生きているだけ。
その視点を大切にして、シラスたちが生きているときの姿を描きたいと思いました。
また、この絵本が、「食べ物を粗末にする」ということがどういうことなのかをじっくり考えるきっかけになったらいいなとも思いました。
人は赤ちゃんのとき、食べ物を完食できません。たくさんこぼします。
歳をとって心が子どもに戻ってしまったときも、同じようになります。
病気や障がいなどの事情によって、出された食事を食べきれない人もたくさんいます。私自身もそうだった時期があります。
食べ残しが悪いことだとひとまとめにしてしまうのは、やさしくないですよね。
それに、自然界では野生動物たちが食べ残したものは、いつもほかの生き物の食料になっています。
たとえば、地元の神社にサギの巣があって、木や電信柱の下には、サギたちが川からとってきた魚がよく落ちていますが、そういう食べこぼしは地上にいる虫や動物にとってはごちそうです。
生き物が食べこぼしたり食べ残したりするのは自然なことで、問題なのは、人が必要以上に食べ物を求めて、食べずに焼却処分してしまっていることなんじゃないかと思うんです。
──ごみ処理場が出てきたのも印象的でした。
自分がお皿に残した食べ物がどうなるのかを考えてもらえるように、この絵本では主人公に食べ残されたもののその後を体験してもらうことにしました。
ごみの焼却処分が始まったのは、もともと、人口が増えていった時代に、家や町を衛生的に保ち、人びとが病気にならないようにすることが目的でした。
清潔に保たれるようになった一方で、焼却炉は24時間365日、町中から集められたごみを燃やし続けるようになりました。
食べ残されたものも、人工物といっしょに回収され、燃やされて灰にされ、埋め立てられます。
焼却にも回収車の運用にもエネルギー資源を使っていますし、温室効果ガスが発生しています。
埋め立てられた焼却残渣(灰)が長い時間をかけて土に安全にかえるかどうかは、まだはっきりとはわからないのだそうです。
そもそも、たとえば食べ始める前に食べきれるかどうか考えて、減らすなり、ほかの人におすそ分けしたりすれば、ごみにならずにすみますよね。
さらに、生ごみを堆肥にするコンポストを使って、土にかえすことができれば、環境負荷を減らせます。
お住まいの地域やご家庭によっては生ごみを堆肥化していたりすると思うのですが、現状日本では食べ残しの大部分が焼却処分されているそうなので、絵本ではその事実を描こうと思いました。
──シラスとして海を生きる展開もすごいと思いました。
これから読者のみなさんがシラスを食べるときに、そのシラスがどんなふうに生きてきたかを想像するお手伝いができるような絵本の展開にしたいと考えました。
釜揚げシラスの体の組成は8割弱が水分で、2割弱がたんぱく質、そのほかはカルシウム、ミネラルなどです。
高温の焼却炉で燃やされると、一瞬で水蒸気や二酸化炭素、窒素酸化物などの気体になって、灰として残るのは多分ほんのちょっとです。
その水蒸気は雨になり、海の水になるかもしれない。その二酸化炭素や窒素酸化物は海水に溶け込むかもしれない。そうして海の中の生き物に吸収されるかもしれない。
灰も、土にかえることができれば、ほかの生き物を育てるかもしれない。いつか海の中に流れ着いたシラス由来の物質が、食物連鎖を経てまた魚の子どもの体に生まれ変わるかもしれません。
そんなことに思いを馳せながら、埋立処分場のシーンの次に、主人公が孵化して、海の中の美しい景色を漂い、仲間たちと成長して泳げるようになるという話の流れを考えました。
シラスとして生きる美しい時間を、主人公といっしょに読者のみなさんも体験したような気持ちになってもらえたらいいなと思います。
──子どものときにこうした絵本に出会い、読みながら感じた気持ちというものはずっと忘れないと思います。大人でもそうだと思います。
何かを感じてくれていたら、ありがたいです。
シラス丼を目の前にしたとき、シラスを捨ててしまいそうになったときに、そのシラスがどんなふうに生きてきたのか、自分が捨てたあとにどうなるのかを具体的にイメージしてもらえたら、行動が変わるかもしれない──私は、読者のみなさんの現実を見つめ直す力を信じてみようと思って、この絵本を作りました。
ほかにもごはんになったお米の一生、食材になってくれた命、そして、漁師さんや農家さん、食べ物を売るお店の人、料理を作ってくれた人、厨房や台所で出たごみを回収して処分してくれている人たちまで……。たまにでいいので、いろんなことに思いをめぐらせてもらえたらうれしいです。■

最勝寺朋子さんプロフィール
1989年生まれ。神奈川県出身。デビュー作『しらすどん』(岩崎書店、2021年)は「第14回ようちえん絵本大賞理事長賞」を受賞したほか、「第71回小学館児童出版文化賞」にノミネート、神奈川県、岩手県、埼玉県の推薦図書に選出された。2作目の絵本『犬ずもう』(めくるむ、2023年)は「第1回マルジナリア書店絵本大賞」、「第8回ブックハウスカフェ大賞銅賞」を受賞。
(取材・撮影「デジタル少年写真ニュース」編集部 吉岡)

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