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絵本『しらすどん』(岩崎書店)をつくった絵本作家、最勝寺朋子さんは、絵本作家になるという夢をかなえるまで、どのような人生を送ってきたのかに迫るインタビューです。
大学を卒業して新たな道を歩みながらも、一方で子どものころからの夢を忘れることなく、まっすぐに進み続けた最勝寺さんが絵本作家になるまでをお届けします。

【人生編②〜絵本作家への道をたぐりよせる〜】
──すぐに夢をかなえることはできたのですか?
大学を卒業して実家に戻ってから半年後、生活のことも考えて、タウン紙の会社に就職して、編集記者になりました。
──どうしてタウン紙に就職を決めたのですか?
妹が高校生のときに表彰された絵のことで、タウン紙の方に取材をしていただく機会があったんですね。記事が出ると、家族みんなで喜んで。家族とのあたたかな時間ができて、それが私にはすごく幸せだったんです。いい仕事だなと思っていたのと、文章を書くことや、写真を撮影することも好きだったので、たまたま募集が出ていた会社に応募したら採用していただきました。
──そこからしばらくはタウン紙の編集記者として活躍されます。
それから6年間、ひとつのまちの中で地域の人たちに話を聴いて、記事にさせてもらう毎日は忙しかったですが、とても刺激的で楽しかったです。
丹沢山のふもとだったので、山に登ったり、森の中で取材をしたりすることも、たまにありました。大学の地域学の講義で学んだように、ひとつのまちは世界の縮図で、地域を深く知ることで世の中の仕組みが前よりわかるようになっていくのも、おもしろかったです。
──6年間編集記者を続ける中で、絵本作家を目指そうというきっかけがあったのですか?
小学校の自然観察会の取材に行ったときに、そこにたまたま地元の人として絵本作家の先生がいらしていたんです。
「近くで原画展をしているから、取材に来てよ」と声をかけられたので、会場に行きました。
目にした先生の絵本の原画はとても繊細で、おそろしいほど美しいものでした。
その先生は、自分で虫の生態を観察して新事実を発見し、そこから物語をつむぐということをやってのけていたんですね。
研究者にならなくても、個人で研究ができる、しかも絵本作家で。そんな選択肢があることに、私は驚愕し、感動しました。
その一方で、目指したいものに届いていない自分を、すごく悔しく感じました。胸の底から熱いものが、メラメラとわき上がってきました。
「私も絵本作家になりたいんです」と先生にお伝えすると、先生の絵画教室に私を誘ってくださったので、休みの日に通うようになりました。
──絵を描くことに力を入れたのは、そのときが初めてですよね?
通い始めたころは、まだ、童話や絵本の文だけを作る人になりたいと考えていました。
高校生のころに、自分が描く絵の力を信じられなくて環境問題と向き合うことを選びましたので、今から自分が絵を描くことは許されないような気がしていました。
──でも、先生との出会いから、ご自身で絵を描こうという気持ちが芽生えます。
先生や同じ教室に通うお弟子さんたちから、「せっかくだから、自分で絵を描いたほうがいいよ」と勧められて、少しずつ気持ちが変わりました。
そのころには、私も高校生のときとは違い、絵やデザインが社会のあらゆることに役に立っていて、人を動かす力があることを理解していました。
世の中の人たち、子どもたちに自然環境の魅力を知ってもらえるような絵本。環境問題の解決に何か少しでも貢献できるような絵本。もしもそんな絵本を作ることができるなら、自分が絵を描くことを許してあげようと思えました。
──実際に描いてみてどうでしたか?
うまくなりたいと練習するほど、自分が高校時代に描くことから離れてしまったことを、後ろめたく思いました。
せっかく子どものころから絵を描くことが好きだったのに、「それを手放して努力しなかった自分には、もう絵を描く資格はないんじゃないか?」、「自分は、もう絵の神様に見放されてしまったんじゃないか?」、「自分の絵本が形になることなんて、あるのだろうか?」と、不安に思いました。
──でも、夢をかなえるチャンスがやってきます。
あるとき、出版社の編集者さんに自分の絵本のアイデアを見てもらえる機会がありました。
そのときに見せたラフのひとつを編集者さんがおもしろがってくださり、「ぜひ出版しましょう!」と言ってもらうことができました。それが、『しらすどん』の原型となったものです。
──『しらすどん』はどのように形にしていったのですか?
当時はまだ会社員でした。美大に行った友人に教えてもらって、絵が少しでも上手になるように、通勤電車の中でスケッチの練習をしていました。行き帰りで1時間くらいあるので、意外と練習できましたね。ただ、仕事から帰宅して、創作活動をするのはたいへんでした。
タウン紙の仕事もとても好きだったので、できれば、仕事を続けながら絵本を作ることができたらよかったのですが、好きだからこそ記者の仕事も手を抜けない自分がいて、絵本はなかなか形になりませんでした。しかも、そのとき家族で正規で働いているのは私だけだったので、経済的にも会社を辞めることには不安がありました。
でも、このままでは絵本を完成させることができないし、出版社の人に見放されてしまうかもしれない……。せっかく目の前にチャンスがあるのに、それを棒にふるのはいやでした。
──絵本の創作活動に専念する道を選びます。
悩んだ挙句、私はタウン紙の仕事を辞めて、創作活動に専念することにしました。
貯金を切り崩して生活しながら、絵本出版のために取材をして、観察して、絵を描いて……。編集者さんに「出版しましょう」と言われてから6年。デビュー作『しらすどん』が、とうとう出版されました。
──6年は長い道のりですね。
そうですね。6年のうち、会社員時代が4年。会社を辞めてから作画を始めて、仕上がるまでに1年半くらいかかりました。
──でも、やっと子どものときからの夢をかなえることができました。
タウン紙のときにお世話になったみなさんや、地元の友人や知人、学生時代の同級生、先輩や後輩、先生方、それまで関わってくださった、たくさんの方が絵本を手にとってくださり、家族もとても喜んでくれました。
本屋さんに絵本が並ぶようになると、私のことをそれまで知らなかった人たちからも、「子どもと『まだあるよ』と言い合いながら、楽しく全部食べられるようになりました」などと感想をいただきました。
読者の子どもたちが、前よりシラスを食べ残さなくなる。それはとても小さいことかもしれないけど、その子にとっては大きなことのはずです。それに、食べものの命と向き合うことは、環境問題の解決にもいつかきっとつながっていくかもしれない。私は、やっと、子どものころに自分の胸に空いた穴がふさがっていくような気がしました。
──夢をかなえて、絵本作家となりました。創作についてどのような作業をしていますか? また、必須アイテムなどがあれば教えてください。
何か思いついたことを文や簡単な絵でメモしておくためにいつも使っているのは、裏紙と鉛筆です。いつも枕元にも置いておき、横になっているときに思いついたことなどもすぐにメモするようにしています。
屋外で生き物や風景をスケッチするときには、矢立と和紙ノートを持っていきます。矢立は墨壺と筆入れが一体になっている道具で、明治時代まで筆箱として広く使われていたものです。筆で上手に描くことができるようになりたくて、筆で描く機会を増やすために使い始めました。コンパクトで持ち運びが楽ですし、ずっと使い続けることができて、ごみが出ないところが気に入っています。昔から使われていた道具は持続可能で自然に還るものが多いですし、古い道具だとそれまで使ってきた人たちの歴史を感じることができるのもいいですよね。
メモやスケッチなどがたまってきたら、それをもとにお話を構成していきます。スケッチブックやパソコンなどを使って、絵と文をまとめていきます。それを担当の編集者さんにお見せして、話し合いながら絵本の内容を決めていきます。
絵本の内容が決まったら、本番の絵、絵本の原画を描きます。
『しらすどん』の原画を描くときは、和の色のアクリル絵の具と透明水彩の絵の具を使っていました。でも、自分に合う画材を探して、去年から日本画を習い始めました。
もともとアクリル絵の具も、日本の自然の色に近いものを選んでいたので、岩絵具の色味はしっくりきています。

今は日本画で描いているので日本画の筆を使用していますが、『しらすどん』のときに使ったアクリル絵の具用の細い筆も使っています。
『しらすどん』を描いていたときは、「環境問題の解決に貢献できるような本を作れるなら、自分が絵を描くことを許そう」という考えでしたが、今は「絵を描く方法を工夫して、環境負荷を減らせるようにして、もっと好きに絵を描こう」という考えに変わりました。もっとゆったりとした気持ちで、自然や人と向き合う作品を作っていくためにも、画材を考え直すことは大事だったと思います。
──絵本作家として過ごす1日の生活を教えてください。
朝、目覚める直前、意識がうすらぼんやりしているときに、絵本のことで思いついたことがあれば、忘れないうちに枕元に置いてある紙にメモします。
起きあがったら、まず、猫にせかされながらトイレの掃除をします。それから、朝ごはんをせがむ金魚と猫にえさをあげます。自分の朝ごはんを食べたら、自分の部屋で仕事をします。メールをチェックしたり、原稿を書いたり、ラフを作ったり、絵を描いたりします。
お昼は、たいてい簡単なお昼ごはんを作って食べながら、朝ドラと「徹子の部屋」を見ます。徹子さんに元気をもらったら、また仕事をします。
取材やスケッチに出かけることもあります。変わった雲が浮かんでいたり、虫が窓にとまったり、木や電線に野鳥が集まってきたり、猫がおもしろいポーズをしていたりしたら、仕事の作業をいったん止めてスケッチします。これも絵の訓練です。
集中力が切れたときは部屋を変えたり、ピアノを弾いたり、ソフトボールのバットで素振りをしたり、ヨガをしたり、家事をしたりします。夕焼けがきれいな日は散歩に出て、一眼レフカメラで風景を撮ることもあります。
週に一度、祖母の介護当番の日は、夕方に母と交代してから仕事をします。それまでの昼間、手が空いたときは祖母の横で、竹内栖鳳先生の手習い本を模写したり、祖母をスケッチしたりすることもあります。これも絵の訓練です。
祖母はスケッチされた自分の顔を見て、いつも「もっと鼻を高く描いて」と言ってくるので、かなえてあげます(私は祖母の低い鼻がかわいくて好きなのですが)。できた絵を見て、「だれ?」と言って二人で笑います。
祖母は認知症なのですが、昔のことはよく覚えていて、語って聞かせてくれることがあります。そういうところから新しい作品のアイデアが浮かぶこともありますので、メモするようにしています。
夕食は、いつも家族と食べます。そのあと好きな映画や番組がテレビで放送しているときは、家族と見ます。見ないときは、部屋でまた仕事をします。2時間くらい、のんびり考えごとをする日もよくあります。
猫のえさは足りているか、猫のトイレがきれいかを確認してから、「おやすみ」と言ってふとんに入ります。確認してから寝ないと、夜中や早朝、猫に起こされることになります。寝不足は、仕事と健康の大敵です。ふとんに入ってからも、日記を書いたり、本を読んだりしながら寝ます。
今は1日絵を描くこともできているので、すごく幸せだなと思っています。
──お気に入りの本があれば教えてください
大人になってもずっと絵本が好きです。自宅の本棚のお気に入りの本コーナーには、『はじめてのおつかい』(福音館書店)、『はやくあいたいな』(絵本館)、『ちのはなし』(福音館書店)、『しずくのぼうけん』(福音館書店)、『わたしのワンピース』(こぐま社)、『よるのさんぽ』(福音館書店)、『のらいぬ』(至光社)、『星の王子さま』(新潮社)、『しろくまだって』(小峰書店)、『ぼくは王さま』(理論社)、『モモ』(岩波書店)、詩集だと『わたしと小鳥とすずと』(ジュラ出版局)、『ゴリラはごりら』(童話屋)、『まど・みちお詩集』(角川春樹事務所)、漫画だと『風の谷のナウシカ』(徳間書店)、『火の鳥』(講談社)、『子連れ狼』(双葉社)などが入っていて、自分にとってはお守りのような存在です。
──これからの夢や目標、挑戦したいことはありますか?
もっと絵と文がうまくなりたいです。単に目の前のものを見たまま、そっくりに描けるようになるのではなくて、物語の中の空気をまとった絵を描けるようになりたいです。
今は、日本画で描いています。誰かのまねじゃなくて、自分なりに「これが私の絵だ」、「これが私の文章だ」と思えるようになりたいです。
次の絵本も考えていますが、今までに出した絵本とは違うものが作りたいんですよね。自分が描きたいと思ったり、みなさんに読んでもらいたいと思ったりした絵本を世に出していきたいと考えています。
そして、いつか読んでくれた誰かにとって大切な一冊を作ることができたらうれしいです。
──子どもたちに向けてメッセージをお願いします。
みなさんは、毎日たくさんのことをがんばっていると思います。好きなことや得意なことだけではなくて、苦手なことやめんどうなこと、やりたくないこともがまんしてやらないといけなかったりしますよね。学校や習いごとのことだけじゃなくて、おうちのお手伝いとか、きょうだいや家族のお世話をしている人もいるかもしれません。朝時間どおりに起きて、歯をみがいて、あいさつをするということも、毎日続けるのは立派なことだと思います。
もしかしたら、たとえば学校の勉強について、「こんなこと、大人になってから何の役にも立たないよ」と悪魔のささやきをしてくる人も周りにいるかもしれません。「大人になったら特技を伸ばした仕事につくのだから、苦手なことはできないままでもいい」と考える人もいるでしょう。
ただ、少なくとも私は、今、子どものころから苦手なことを苦手なりにがんばっておいてよかったなと思っています。
文を書くことや絵を描くことはもともと好きでしたけれど、出版してもらえるような本を書くには、私の頭の中に勝手に浮かんでくる物語や絵や文じゃ、全然足りないんです。
そういうときに私を支えてくれるのは、「苦手なことでもあきらめずに続ける力」です。それは、私が泣きながら算数ドリルと格闘したり、毎日欠かさずピアノの練習をしたり、運動音痴を克服したくて走る練習をしたりしたことで培われてきたと思います。
それに、最初は苦手なことでも、無理のない範囲でいいので続けていれば、その中に楽しみを見出せるような瞬間が来るかもしれません。努力の仕方を知っているということが、みなさんをいつか助けてくれるのでは、と私は思います。
みなさんの未来がどうか、すてきなものでありますように!
最勝寺朋子さんプロフィール
1989年生まれ。神奈川県出身。デビュー作『しらすどん』(岩崎書店、2021年)は「第14回ようちえん絵本大賞理事長賞」を受賞したほか、「第71回小学館児童出版文化賞」にノミネート、神奈川県、岩手県、埼玉県の推薦図書に選出された。2作目の絵本『犬ずもう』(めくるむ、2023年)は「第1回マルジナリア書店絵本大賞」、「第8回ブックハウスカフェ大賞銅賞」を受賞。

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