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絵本作家 最勝寺さいしょうじ朋子ともこさんにインタビュー③
人生編へん②

2026年2月26日 by yoshioka

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絵本『しらすどん』(岩崎いわさき書店)をつくった絵本作家、最勝寺さいしょうじ朋子ともこさんは、絵本作家になるという夢ゆめをかなえるまで、どのような人生を送ってきたのかに迫せまるインタビューです。

大学を卒業そつぎょうして新たな道を歩みながらも、一方で子どものころからの夢ゆめを忘わすれることなく、まっすぐに進み続つづけた最勝寺さいしょうじさんが絵本作家になるまでをお届とどけします。



【人生編へん②〜絵本作家への道をたぐりよせる〜】


──すぐに夢ゆめをかなえることはできたのですか?

大学を卒業そつぎょうして実家に戻もどってから半年後、生活のことも考えて、タウン紙の会社に就職しゅうしょくして、編集へんしゅう記者になりました。


──どうしてタウン紙に就職しゅうしょくを決めたのですか?

妹が高校生のときに表彰ひょうしょうされた絵のことで、タウン紙の方に取材しゅざいをしていただく機会きかいがあったんですね。記事が出ると、家族みんなで喜よろんで。家族とのあたたかな時間ができて、それが私わたしにはすごく幸せだったんです。いい仕事だなと思っていたのと、文章を書くことや、写真を撮影さつえいすることも好すきだったので、たまたま募集ぼしゅうが出ていた会社に応募おうぼしたら採用さいようしていただきました。


──そこからしばらくはタウン紙の編集へんしゅう記者として活躍かつやくされます。

それから6年間、ひとつのまちの中で地域ちいきの人たちに話を聴きいて、記事にさせてもらう毎日は忙いそがしかったですが、とても刺激的しげきてきで楽しかったです。

丹沢山たんざわさんのふもとだったので、山に登ったり、森の中で取材しゅざいをしたりすることも、たまにありました。大学の地域学ちいきがくの講義こうぎで学んだように、ひとつのまちは世界の縮図しゅくずで、地域ちいきを深く知ることで世の中の仕組みが前よりわかるようになっていくのも、おもしろかったです。


──6年間編集へんしゅう記者を続つづける中で、絵本作家を目指そうというきっかけがあったのですか?

小学校の自然観察会しぜんかんさつかいの取材しゅざいに行ったときに、そこにたまたま地元の人として絵本作家の先生がいらしていたんです。

「近くで原画展げんがてんをしているから、取材しゅざいに来てよ」と声をかけられたので、会場に行きました。

目にした先生の絵本の原画はとても繊細せんさいで、おそろしいほど美しいものでした。

その先生は、自分で虫の生態せいたいを観察かんさつして新事実を発見し、そこから物語をつむぐということをやってのけていたんですね。

研究者にならなくても、個人こじんで研究ができる、しかも絵本作家で。そんな選択肢せんたくしがあることに、私わたしは驚愕きょうがくし、感動しました。

その一方で、目指したいものに届とどいていない自分を、すごく悔くやしく感じました。胸むねの底そこから熱あついものが、メラメラとわき上がってきました。

「私わたしも絵本作家になりたいんです」と先生にお伝えすると、先生の絵画教室に私わたしを誘さそってくださったので、休みの日に通うようになりました。


──絵を描えがくことに力を入れたのは、そのときが初はじめてですよね?

通い始めたころは、まだ、童話や絵本の文だけを作る人になりたいと考えていました。

高校生のころに、自分が描えがく絵の力を信しんじられなくて環境かんきょう問題と向き合うことを選えらびましたので、今から自分が絵を描えがくことは許ゆるされないような気がしていました。


──でも、先生との出会いから、ご自身で絵を描えがこうという気持ちが芽生めばえます。

先生や同じ教室に通うお弟子でしさんたちから、「せっかくだから、自分で絵を描えがいたほうがいいよ」と勧すすめられて、少しずつ気持ちが変わりました。

そのころには、私わたしも高校生のときとは違ちがい、絵やデザインが社会のあらゆることに役に立っていて、人を動かす力があることを理解りかいしていました。

世の中の人たち、子どもたちに自然環境しぜんかんきょうの魅力みりょくを知ってもらえるような絵本。環境かんきょう問題の解決かいけつに何か少しでも貢献こうけんできるような絵本。もしもそんな絵本を作ることができるなら、自分が絵を描えがくことを許ゆるしてあげようと思えました。


──実際じっさいに描えがいてみてどうでしたか?

うまくなりたいと練習するほど、自分が高校時代に描えがくことから離はなれてしまったことを、後ろめたく思いました。

せっかく子どものころから絵を描えがくことが好すきだったのに、「それを手放して努力どりょくしなかった自分には、もう絵を描えがく資格しかくはないんじゃないか?」、「自分は、もう絵の神様に見放されてしまったんじゃないか?」、「自分の絵本が形になることなんて、あるのだろうか?」と、不安ふあんに思いました。


──でも、夢ゆめをかなえるチャンスがやってきます。

あるとき、出版社しゅっぱんしゃの編集者へんしゅうしゃさんに自分の絵本のアイデアを見てもらえる機会きかいがありました。

そのときに見せたラフのひとつを編集者へんしゅうしゃさんがおもしろがってくださり、「ぜひ出版しゅっぱんしましょう!」と言ってもらうことができました。それが、『しらすどん』の原型げんけいとなったものです。


──『しらすどん』はどのように形にしていったのですか?

当時はまだ会社員でした。美大に行った友人に教えてもらって、絵が少しでも上手になるように、通勤つうきん電車の中でスケッチの練習をしていました。行き帰りで1時間くらいあるので、意外と練習できましたね。ただ、仕事から帰宅きたくして、創作そうさく活動をするのはたいへんでした。

タウン紙の仕事もとても好すきだったので、できれば、仕事を続つづけながら絵本を作ることができたらよかったのですが、好すきだからこそ記者の仕事も手を抜ぬけない自分がいて、絵本はなかなか形になりませんでした。しかも、そのとき家族で正規せいきで働はたらいているのは私わたしだけだったので、経済的けいざいてきにも会社を辞やめることには不安がありました。

でも、このままでは絵本を完成かんせいさせることができないし、出版社しゅっぱんしゃの人に見放されてしまうかもしれない……。せっかく目の前にチャンスがあるのに、それを棒ぼうにふるのはいやでした。


──絵本の創作そうさく活動に専念せんねんする道を選えらびます。

悩なやんだ挙句あげく、私わたしはタウン紙の仕事を辞やめて、創作そうさく活動に専念せんねんすることにしました。

貯金ちょきんを切り崩くずして生活しながら、絵本出版しゅっぱんのために取材しゅざいをして、観察かんさつして、絵を描えがいて……。編集者へんしゅうしゃさんに「出版しゅっぱんしましょう」と言われてから6年。デビュー作『しらすどん』が、とうとう出版しゅっぱんされました。


──6年は長い道のりですね。

そうですね。6年のうち、会社員時代が4年。会社を辞やめてから作画を始めて、仕上がるまでに1年半くらいかかりました。


──でも、やっと子どものときからの夢ゆめをかなえることができました。

タウン紙のときにお世話になったみなさんや、地元の友人や知人、学生時代の同級生、先輩せんぱいや後輩こうはい、先生方、それまで関かかわってくださった、たくさんの方が絵本を手にとってくださり、家族もとても喜よろこんでくれました。

本屋さんに絵本が並ならぶようになると、私わたしのことをそれまで知らなかった人たちからも、「子どもと『まだあるよ』と言い合いながら、楽しく全部食べられるようになりました」などと感想をいただきました。

読者の子どもたちが、前よりシラスを食べ残のこさなくなる。それはとても小さいことかもしれないけど、その子にとっては大きなことのはずです。それに、食べものの命と向き合うことは、環境かんきょう問題の解決かいけつにもいつかきっとつながっていくかもしれない。私わたしは、やっと、子どものころに自分の胸むねに空あいた穴あながふさがっていくような気がしました。


──夢ゆめをかなえて、絵本作家となりました。創作そうさくについてどのような作業をしていますか? また、必須ひっすアイテムなどがあれば教えてください。

何か思いついたことを文や簡単かんたんな絵でメモしておくためにいつも使っているのは、裏紙うらがみと鉛筆えんぴつです。いつも枕元まくらもとにも置おいておき、横になっているときに思いついたことなどもすぐにメモするようにしています。

屋外で生き物や風景ふうけいをスケッチするときには、矢立と和紙ノートを持っていきます。矢立は墨壺すみつぼと筆入れが一体になっている道具で、明治めいじ時代まで筆箱として広く使われていたものです。筆で上手に描えがくことができるようになりたくて、筆で描えがく機会きかいを増ふやすために使い始めました。コンパクトで持ち運びが楽ですし、ずっと使い続つづけることができて、ごみが出ないところが気に入っています。昔から使われていた道具は持続可能じぞくかのうで自然しぜんに還かえるものが多いですし、古い道具だとそれまで使ってきた人たちの歴史れきしを感じることができるのもいいですよね。

メモやスケッチなどがたまってきたら、それをもとにお話を構成こうせいしていきます。スケッチブックやパソコンなどを使って、絵と文をまとめていきます。それを担当たんとうの編集者へんしゅうしゃさんにお見せして、話し合いながら絵本の内容ないようを決めていきます。

絵本の内容ないようが決まったら、本番の絵、絵本の原画を描えがきます。

『しらすどん』の原画を描えがくときは、和の色のアクリル絵の具と透明とうめい水彩すいさいの絵の具を使っていました。でも、自分に合う画材がざいを探さがして、去年から日本画を習い始めました。

もともとアクリル絵の具も、日本の自然しぜんの色に近いものを選えらんでいたので、岩絵具いわえのぐの色味はしっくりきています。


最勝寺さんが作画に使っている筆

今は日本画で描えがいているので日本画の筆を使用していますが、『しらすどん』のときに使ったアクリル絵の具用の細い筆も使っています。


『しらすどん』を描えがいていたときは、「環境かんきょう問題もんだいの解決かいけつに貢献こうけんできるような本を作れるなら、自分が絵を描えがくことを許ゆるそう」という考えでしたが、今は「絵を描えがく方法ほうほうを工夫くふうして、環境かんきょう負荷ふかを減へらせるようにして、もっと好すきに絵を描えがこう」という考えに変かわりました。もっとゆったりとした気持ちで、自然しぜんや人と向き合う作品を作っていくためにも、画材がざいを考え直すことは大事だったと思います。


──絵本作家として過すごす1日の生活を教えてください。

朝、目覚めざめる直前、意識いしきがうすらぼんやりしているときに、絵本のことで思いついたことがあれば、忘わすれないうちに枕元まくらもとに置おいてある紙にメモします。

起きあがったら、まず、猫ねこにせかされながらトイレの掃除そうじをします。それから、朝ごはんをせがむ金魚と猫ねこにえさをあげます。自分の朝ごはんを食べたら、自分の部屋で仕事をします。メールをチェックしたり、原稿げんこうを書いたり、ラフを作ったり、絵を描えがいたりします。

お昼は、たいてい簡単かんたんなお昼ごはんを作って食べながら、朝ドラと「徹子てつこの部屋」を見ます。徹子てつこさんに元気をもらったら、また仕事をします。

取材しゅざいやスケッチに出かけることもあります。変かわった雲が浮うかんでいたり、虫が窓まどにとまったり、木や電線に野鳥が集まってきたり、猫ねこがおもしろいポーズをしていたりしたら、仕事の作業をいったん止めてスケッチします。これも絵の訓練くんれんです。

集中力が切れたときは部屋を変かえたり、ピアノを弾ひいたり、ソフトボールのバットで素振すぶりをしたり、ヨガをしたり、家事をしたりします。夕ゆう焼やけがきれいな日は散歩さんぽに出て、一眼いちがんレフカメラで風景ふうけいを撮とることもあります。

週に一度、祖母そぼの介護かいご当番の日は、夕方に母と交代してから仕事をします。それまでの昼間、手が空いたときは祖母そぼの横で、竹内栖鳳せいほう先生の手習い本を模写もしゃしたり、祖母そぼをスケッチしたりすることもあります。これも絵の訓練くんれんです。

祖母そぼはスケッチされた自分の顔を見て、いつも「もっと鼻を高く描かいて」と言ってくるので、かなえてあげます(私わたしは祖母そぼの低ひくい鼻がかわいくて好すきなのですが)。できた絵を見て、「だれ?」と言って二人で笑わらいます。

祖母そぼは認知症にんちしょうなのですが、昔のことはよく覚おぼえていて、語って聞かせてくれることがあります。そういうところから新しい作品のアイデアが浮うかぶこともありますので、メモするようにしています。

夕食は、いつも家族と食べます。そのあと好すきな映画えいがや番組がテレビで放送しているときは、家族と見ます。見ないときは、部屋でまた仕事をします。2時間くらい、のんびり考えごとをする日もよくあります。

猫ねこのえさは足りているか、猫ねこのトイレがきれいかを確認かくにんしてから、「おやすみ」と言ってふとんに入ります。確認かくにんしてから寝ねないと、夜中や早朝、猫ねこに起こされることになります。寝不足ねぶそくは、仕事と健康けんこうの大敵たいてきです。ふとんに入ってからも、日記を書いたり、本を読んだりしながら寝ねます。

今は1日絵を描えがくこともできているので、すごく幸せだなと思っています。


──お気に入りの本があれば教えてください

大人になってもずっと絵本が好すきです。自宅じたくの本棚ほんだなのお気に入りの本コーナーには、『はじめてのおつかい』(福音館書店)、『はやくあいたいな』(絵本館)、『ちのはなし』(福音館書店)、『しずくのぼうけん』(福音館書店)、『わたしのワンピース』(こぐま社)、『よるのさんぽ』(福音館書店)、『のらいぬ』(至光社しこうしゃ)、『星の王子さま』(新潮社しんちょうしゃ)、『しろくまだって』(小峰こみね書店)、『ぼくは王さま』(理論りろん社)、『モモ』(岩波書店)、詩集だと『わたしと小鳥とすずと』(ジュラ出版局しゅっぱんきょく)、『ゴリラはごりら』(童話屋)、『まど・みちお詩集』(角川春樹かどかわはるき事務所じむしょ)、漫画まんがだと『風の谷のナウシカ』(徳間とくま書店)、『火の鳥』(講談社こうだんしゃ)、『子連こづれ狼おおかみ』(双葉ふたば社)などが入っていて、自分にとってはお守りのような存在そんざいです。


──これからの夢ゆめや目標もくひょう、挑戦ちょうせんしたいことはありますか?

もっと絵と文がうまくなりたいです。単たんに目の前のものを見たまま、そっくりに描えがけるようになるのではなくて、物語の中の空気をまとった絵を描えがけるようになりたいです。

今は、日本画で描えがいています。誰だれかのまねじゃなくて、自分なりに「これが私わたしの絵だ」、「これが私わたしの文章だ」と思えるようになりたいです。

次の絵本も考えていますが、今までに出した絵本とは違ちがうものが作りたいんですよね。自分が描えがきたいと思ったり、みなさんに読んでもらいたいと思ったりした絵本を世に出していきたいと考えています。

そして、いつか読んでくれた誰だれかにとって大切な一冊いっさつを作ることができたらうれしいです。


──子どもたちに向けてメッセージをお願ねがいします。

みなさんは、毎日たくさんのことをがんばっていると思います。好すきなことや得意とくいなことだけではなくて、苦手なことやめんどうなこと、やりたくないこともがまんしてやらないといけなかったりしますよね。学校や習いごとのことだけじゃなくて、おうちのお手伝てつだいとか、きょうだいや家族のお世話をしている人もいるかもしれません。朝時間どおりに起きて、歯をみがいて、あいさつをするということも、毎日続つづけるのは立派りっぱなことだと思います。

もしかしたら、たとえば学校の勉強について、「こんなこと、大人になってから何の役にも立たないよ」と悪魔あくまのささやきをしてくる人も周まわりにいるかもしれません。「大人になったら特技とくぎを伸のばした仕事につくのだから、苦手なことはできないままでもいい」と考える人もいるでしょう。

ただ、少なくとも私わたしは、今、子どものころから苦手なことを苦手なりにがんばっておいてよかったなと思っています。

文を書くことや絵を描えがくことはもともと好すきでしたけれど、出版しゅっぱんしてもらえるような本を書くには、私わたしの頭の中に勝手に浮うかんでくる物語や絵や文じゃ、全然ぜんぜん足りないんです。

そういうときに私わたしを支えてくれるのは、「苦手なことでもあきらめずに続つづける力」です。それは、私わたしが泣なきながら算数ドリルと格闘かくとうしたり、毎日欠かかさずピアノの練習をしたり、運動音痴おんちを克服こくふくしたくて走る練習をしたりしたことで培つちかわれてきたと思います。

それに、最初さいしょは苦手なことでも、無理むりのない範囲はんいでいいので続つづけていれば、その中に楽しみを見出せるような瞬間しゅんかんが来るかもしれません。努力どりょくの仕方を知っているということが、みなさんをいつか助けてくれるのでは、と私わたしは思います。

みなさんの未来みらいがどうか、すてきなものでありますように!


最勝寺さいしょうじ朋子ともこさんプロフィール
1989年生まれ。神奈川県出身。デビュー作『しらすどん』(岩崎書店、2021年)は「第14回ようちえん絵本大賞理事長賞」を受賞したほか、「第71回小学館児童出版文化賞」にノミネート、神奈川県、岩手県、埼玉県の推薦図書に選出された。2作目の絵本『犬ずもう』(めくるむ、2023年)は「第1回マルジナリア書店絵本大賞」、「第8回ブックハウスカフェ大賞銅賞」を受賞。

カテゴリー: インタビュータグ: しらすどん, シラス, シラス漁, タウン紙, ベストセラー, 人生, 児童書, 夢を叶える, 子ども, 小田原, 岩崎書店, 情熱大陸, 日本画, 春, 最勝寺朋子, 留学, 社会人, 絵本, 絵本作家, 進路, 鳥取大学

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