9月23日は「手話言語の国際デー」です。
「少年写真ニュース」2023年9月8日号では、「手話で会話してみよう」をテーマに、デフサッカーの瀧澤諒斗選手に取材させていただき、簡単な手話を教えていただきました。紙面にはわかりやすく掲載されているので、学校に掲示されていたら、ぜひ一緒に練習してみてください。

9月の最後の1週間(今年は9月18日から24日)は、「国際ろう者週間」で、毎年テーマが決められており、2023年のテーマは「世界中のろう者が、どこでも手話言語でコミュニケーションできる社会へ!」です。
また、2年後の2025年11月15日から26日、4年ごとに開催されるデフアスリートを対象とした国際総合スポーツ競技大会「東京2025デフリンピック」が、東京で開催されます。2025年大会は、デフリンピック100周年の記念すべき大会です。
「手話言語の国際デー」である9月23日から、10月7日まで、「第4回デフサッカーワールドカップ」がマレーシア(クアラルンプール)で開催されます。
瀧澤選手も8月に日本代表選手に選出されました。
何より、代表選手の中では最年少(2023年時点)。
しかし、その若さからは考えられない、礼儀正しさ、優しさ、真面目さ、賢さ、強さ、そしてサッカーへの深い愛情をもった瀧澤選手。
初めてのことも多いと思いますが、若いからこそチャレンジして、そして、誰よりも思い切り楽しんで、良い結果を残してもらえればと願ってやみません。
現在、大学サッカー、そしてデフサッカーの両方で活躍、2年後のデフリンピック出場を目指す、亜細亜大学の瀧澤諒斗選手にお話を伺いました。

──障がいについて教えてください。
「僕は生まれつき耳がきこえなくて、それがわかったのは幼稚園の時でした。生まれた時に親が気づかなかったのですが、僕が幼稚園の時に、両親が呼びかけても反応がなかったので、『おかしいな』って思って、病院に連れていったら、耳がきこえないことがわかりました。今は補聴器をつければきこえます。人によってきこえ方にもいろいろあります。まったくきこえなくて手話を使う人もいれば、僕みたいに補聴器をつけて話すことができる人もいます。僕は感音性難聴ですが、ほかにも伝音性難聴というのもあって、きこえないといってもいろいろな障がいがあるので、それを知ってもらえたらと思います」
──コミュニケーションはどのようにしてとるのですか?
「僕は小学校の時からずっと、コミュニケーションをとる時は、口の形や動きを見ながらコミュニケーションをとっています。いわゆる、読唇術っていうんですけれども。3年くらい前からコロナが流行し始めて、世の中ではマスクが当たり前になりました。マスクだと口の動きが見えなくなるから、聴覚障がいがある人たちの中には、コミュニケーションをとるのに困る人たちも増えました。僕もマスクのせいで、いろいろ大変だった時期がありました。小学校の時は、口を見ながらコミュニケーションをとっていたのですが、高校ぐらいになると知識も増えてきて、自分が知っている範囲の言葉だったら、口を見なくても大体ききとれるようになったので、今では、知っている言葉は、マスクをしていても、すべてとは言えないですけれども、少しはききとることができます。自分にあまりなじみのない言葉や、初めてきく言葉だと、『え?』ってきき返すことが多いです。やはりそういった部分は気づかれないんですよね。僕みたいに話していると、初めて会った人も、『(この人は)きこえているんじゃないか』と、健常の人と同じように話をしてくるのですけれど、『きこえないところもあるんだよ』っていうのをみんなに知ってほしいです」

──では逆に、コミュニケーションをとる際に相手にしてほしいことは?
「デフの中には話せない人もいるし、僕みたいに話せる人もいるので、まずはデフの人が『どうやって話してほしいと思っているか』をきいてほしいです。健常者の方の勝手なイメージで、筆談とかしたら(僕たちは)うれしいんだろうなって思ってくれたりするかもしれませんが、僕からしたら、直接話したほうが話しやすいんですよね。障がいにもよりますが、ほかの人だったら『筆談のほうがいいな』って思う人もいるだろうし。個人的には、みんなつらいと思うんですね。だから、まずはデフの人にどういった方法でコミュニケーションをとりたいかをきいてもらって、その人に合ったコミュニケーションをとるのがいいんじゃないかなと思います。健常者同士の会話って口をあまり動かさないじゃないですか? だから、きこえない人に対して話す時は、口をよく動かしてくれたほうがわかりやすいですし、少しでも工夫して、当たり前のように話してくれたら、それが本当にうれしいです。少しの工夫が一番大切だと思いますね」
──瀧澤選手はサッカーを子どもの時からずっと続けていますが、高校や大学でのサッカーではチームメイトとどのようにコミュニケーションをとっていますか?
「サッカーはチームプレーなので、味方から指示があるんですけれど、僕はFWだから、後ろからの指示が多いんですね。プレーに集中していることもあって、きこえない場合がほとんどです。そのことを味方には言っているのですが、うまくいかないことのほうが多い。だから、自分がどうしてほしいのか、例えば『こういった時にきこえないから、声じゃなくて、手を使ったジェスチャーをしてほしい』ということは、今でもずっと言い続けています。ほかの人とは、ちょっと違うかもしれませんが、自分なりの工夫をしてやっている感じがします。サッカーは一番好きなことですが、今までにサッカーを辞めたいと思ったこともあります。悔しくて、泣いたことも結構あります。そういった時に、支えてくれる家族だったり、大切な人だったり、いろいろな人の思いがあるので、その思いを背負っているからこそ、サッカーを続けてこれたんじゃないかなと思っています」
──健常者といっしょにサッカーをすることはたいへんじゃないですか?
「両親も僕と同じ障がいで、耳がきこえないのですが、僕がやりたいことはやらせるという育て方でした。サッカーを健常者の中でやることにも反対はしませんでした。『自由にやってくれればいい』って。だからすごく恵まれている環境だと思います。それに感謝をして、いつか有名になって両親を楽にして、今までの恩返しができたらいいなと思っています」
──サッカーで楽しい瞬間を教えてください。
「FWなので、ゴールをとった時が一番楽しい瞬間です。あとはできなかったことを味方同士で練習とかでコミュニケーションをとって、『こういう時にこうして欲しい』、『こういう時にこのパスが欲しい』とか、そういった積み重ねの成果が本番で出た時は本当にうれしいですし、できなかったことができるようになるというのは、サッカーだけではなく、社会に出ても、いろいろなことで同じことが言えると思っています。サッカーを通して、いろいろなことを学びました。それが一番大きいです」
──サッカーで好きな選手はいますか?
「好きな選手は海外ならネイマール(ブラジル代表)。日本だと三苫薫選手です。僕がドリブラーなので。サッカーのプレーで実は今すごく悩んでいる時期なんですよ。もう少しエゴを出してもいいのかなって考えていて。いいのかな?どうしようかなって」

──現在 亜細亜大学法学部法律学科の2年(2023年時点)。大学生活はいかがですか?
「亜細亜大学は指定校推薦で入りました。入る前まで亜細亜大学のことを全く知らなかったのですが、デフサッカーの先輩が亜細亜大学にいて、その先輩の繋がりで、特別支援教育が専門の橋本一郎先生と出会いました。大学に入る前に先生とやりとりをしていて、入学前に大学に行ってお話しする機会をいただいて。そこで亜細亜大学は聴覚障がいの人へのサポートがすごくしっかりしている大学であるというお話を伺って。その話をきいていたから、学校に入ってからも安心で、すごく楽しくて。僕以外にも、自分と同じ聴覚障がいの人が大学にはいるんですけれど、その人たち以外にも手話ができる人もいて」
──授業で困ることはないですか?
「学生ボランティアで、ピアサポーター(障がいがある人がその経験をいかして同じ立場や境遇の人をサポートする活動)というんですけれど、そういう活動も亜細亜大学は充実していて。そういう人たちにも僕がサポートしてもらっています。『先生がこういうことを言っているよ』、『ここが大事なところだよ』ということは、ノートテイク(文字通訳)の人に書いてもらったり。あとは「UDトーク」という会話を文字に起こしてくれるアプリがあるんですけれど、そのアプリを使うために、授業前に先生にマイクを渡してつけてもらうんですね。そうすると、先生がおっしゃっていることが字幕になって出てくるんですね。先生によって話し方も違うので、うまく文字で出る先生もいれば、そうではない先生もいて。ただ文字化できても、誤字も出てくるので、その誤字を直す作業はピアサポーターがやってくれます」
──亜細亜大学は安心して学校生活が楽しめる環境が整っていますね。
「いろいろな面ですごく環境に恵まれているなということを、大学に入ってから感じるようになりました。授業だけじゃなくて、サッカー部もそうです。大学は、僕が入学した時にジムもグランドも新しくなったのですが、タイミングがいいなあって。『俺の流れが来ているな!』と勝手に思っているんですけれど(笑)、本当にいいタイミングで亜細亜大学に入ったなって思っています。本当に今は充実していて、すごく楽しいです。手話の授業では、橋本一郎先生となかよくさせていただいているので、授業のない時間には、橋本先生の横で、手話を学習している学生さんに、僕も教えたりしています。授業を受けるだけじゃなくて、人に教えることもできて、本当にいろいろな面で勉強できるから、亜細亜大学に入ってよかったなあって思っています」
──2023年9月にはマレーシアでデフサッカーワールドカップが開催されます。
「デフサッカーワールドカップに向けて、今がんばっている感じです。自分も日本代表として日の丸を背負う重みは感じています。今までデフサッカーは、日本代表のユニフォームはJDFA(日本ろう者サッカー協会)が決めたものだったのですが、この大会からサッカー日本代表(JFA)と同じユニフォームになりました。トレーニングウェアもですね。大好きな三苫薫選手と同じユニフォームを着ることができるようになったんです」
──それはうれしいことですね!
「僕もうれしかったですが、それが決まった時に泣いている先輩もいて。僕はまだ若いんですけれど、昔のデフサッカーの選手の皆さんは本当に大変で、ユニフォームもみんなバラバラ。選手たちが自分で動いて試合を組んだり。食事やホテルの手配も全部自分たちでやっていて。だからそういった苦労をたくさんした時代を知っているベテランの先輩たちだからこそ、あの時に流した涙があるんじゃないかと思っています。引退した先輩たちだって、絶対に着たかったはずなんですよ、JFAのユニフォーム。着たくても着れなかった先輩たちの思い、今まで、そして今もいろいろ支えてくれている人の思いとか、そういったものを背負ってワールドカップや2年後(2025年)のデフリンピックで優勝を目指してがんばりたいと思っています。そのためには、僕自身が日の丸を背負うということに見合った人間にならないといけないと思うのですが、今はまだ全然足りないので、部活とか大学でもっと大人になれるように頑張りたいと思います」

──ご自身のプレーのどこを見てほしいですか?
「僕はFWなので、ゴールまでのドリブルや貪欲なプレーを見てもらえたら嬉しいかなと思っています」
──デフリンピックが2年後の2025年、日本で初めて開催されます。デフサッカーをはじめとしたデフスポーツの見どころを教えてください。
「デフリンピックはきこえないからこそ、いろいろな視覚情報があります。サッカーであれば、一般的には審判は笛を使いますけれども、デフサッカーの場合は、審判はみんな旗を持っているんです。旗と笛の両方で合図を知らせるんですね。サッカー以外だと、例えば陸上は、スタートの時に一般的にはピストルを使うと思うんですけれども、デフの選手にはピストルの音がまったくきこえない人もいます。そういう場合にどうするかというと、スタートランプが選手の目線に合わせた場所に設置されているんですが、赤が「On your mark(位置について)」、黄色で「Set(よ〜い)」、「Go(スタート)」で白に変化。指示を視覚情報で出して。見に来ていただける場合、そういったところも見て欲しいです。あとはやはり手話ですね! 手話を使って話したり、身振りでコミュニケーションをとったり、そういった部分を見てもらえたらなあと」

──デフリンピックの会場は東京になります。たくさんの人に見にきてほしいですよね。
「デフリンピックってほとんどの人が知らないんですけれども、オリンピックの次にできたんですよね。パラリンピックよりも前なんです。古い順番でいうと、オリンピック、デフリンピック、パラリンピックなんです。みんな知らないですよね。みんなが知らないことがまだまだたくさんあると思うので、デフリンピックを実際に見に来ていただいて、デフのことを知ってもらえたらうれしいですし、手話とかも勉強してもらえたらすごく嬉しいなあと思っています。デフリンピックの知名度も日本では大体約12%って言われているんです。それに対して、パラリンピックは90%以上なんです。やはり、そこの差があるんですね。だから、日本代表の選手たちがSNSを使って宣伝したり、メディアの取材を受けたり、いろいろな活動を通して積極的に動いて、デフリンピックへの思い、デフサッカーの魅力を伝えていくことができたらというのが僕の思いです」

──これからの目標や夢を教えてください。
「これからデフサッカー日本代表選手として世界で活躍していける人になりたいというのが夢です。僕みたいに、今までいろいろなコミュニケーションや聴覚の面で苦労している人とか、デフに限らず、世の中でいろいろな面で大変な思いをしている人がいると思うんですね。例えば、障がいがあるとか、気持ちがほかの人と違うとか、いろいろな悩みを持っている人がいると思うんですけれども、そういった人たちに少しでも勇気を与えられる選手になれたら、というのが僕の思いです。障がいがあるとか、マイノリティーの立場の人が、もっと生きやすい社会になったらいいなというのが、僕の夢で。今の世の中って、マイノリティーの立場の人がちょっと生きづらい環境だと思うんです。いろいろなマイノリティーの立場の人がいると思うのですが、そういった人たちが生きやすくなるように、楽しく人生が過ごせるように、希望を持ってもらえるようになればいいなって思っています。あとは、今まで支えてくれた家族や先生、いろいろ支えてくれた人たちの思いをしっかり背負って、今年はマレーシアのワールドカップで、そして2年後のデフリンピックで、1つ1つのプレーにしっかりと思いを込めて、責任を持ってプレーして、優勝を目指したいと思っています」

(取材日:2023年6月1日/撮影:2023年6月1日、9月11日 少年写真ニュース編集部 吉岡)
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