子どもたちのためのオリジナリティーあふれる作品を発掘する新人賞で、児童文学作家の登竜門としても知られる「講談社児童文学新人賞」。
2021年の第62回において、19世紀末のスコットランドの首都エディンバラで生活する12歳の少女カトリが主人公の『カトリとまどろむ石の海』で佳作に入選したのが東曜太郎先生です。

翌年の2022年に、受賞作を『カトリと眠れる石の街』(講談社)と改題・改稿し、小学校高学年から読める作品として発表、児童文学作家デビューを果たしました。
さらに、2023年9月には続編となる『カトリと霧の国の遺産』(講談社)、2025年4月には『カトリと夜の底の主』(講談社)を出版し、カトリのエディンバラでの冒険は終わりとなりました。
「カトリ」シリーズのエディンバラ編にいったんの区切りを迎えた東先生に、デビューの道のりや子ども時代のこと、作品について伺いました。

【 「カトリ」シリーズについて 】
──児童文学作家になったきっかけを教えてください。
僕は、昔からものをつくるのが好きでした。子どものときも、図工とかが好きだったんですね。ずっと何かをつくっているというわけではないんですけれども、何かしらものをつくりたくなる時期があって。たまに思い立って音楽をつくってみたり、3DCGをつくるソフトをちょっと触ってみたりとか。小説もその一環で、物語を書いてみて講談社の賞に応募したら、佳作に選んでいただいたんです。
──どうして物語を書こうと思ったのですか?
当時はコロナ禍で、会社員なのですが在宅で働かなくてはいけなくて。それで、だんだん息が詰まってしまったんですね。ちょっと満たされなくて、自分で何かをつくりたいなと思ったんです。で、小説を書いてみようかなと思って。ちょうど調べたら「講談社児童文学新人賞」があって、過去の受賞者にも森絵都さんとか知っている人が多かったので、何かいい賞だろうと思って書き始めました。なかなかない機会なので、ちょっとがんばってみようと思いまして。
──作品はどのような構想から生まれたのですか?
子ども向けの児童文学ってどんなものかなって考えたときに、僕が子どものころはハリーポッターブームだったんですね。西洋ファンタジーや冒険小説が、児童書のメインで。魅力的な舞台があって、勇敢な主人公がいて、大きな敵役みたいなものがそろっている作品であれば、子どものころの僕は満足していたので、そういう要素を取り入れてつくろうと思いました。
──子どものころに特に親しんだ作品にはどのようなものがありますか?
子どものころ大好きだったのは、『宝島』(スティーヴンソン)とか『ジャングル・ブック』(キップリング)ですね。父が子どものころに読んでいた本というか、世界の名作文学のような全集が置いてあって、それを片っぱしから読んでいました。その中にあったイギリス編に、『宝島』や『ジャングル・ブック』があって。『宝島』は冒険もののお手本ですし、舞台も魅力的。敵なのにおもしろいキャラクターがいて、主人公は当然勇気がある少年で。それが、すごく好きでした。『ジャングル・ブック』は映画が有名なので、原作を読んだことがある人はなかなかいないかもしれませんが、動物社会の虚構の作り方みたいなところにすごくリアリティーがあって、本当にそんな世界があるような感じがするといいますか。時代劇も好きでしたね。『燃えよ剣』(司馬遼太郎)とか。司馬遼太郎さんの小説って、だいたい出世するじゃないですか? そこが、僕は結構好きで。子どものころに楽しんだ作品が、いちばん書く手がかりになるといいますか。
──そうしたエッセンスを取り入れつつ、物語の舞台はどのように決めたのですか?
僕は大学院生のときにスコットランドのエディンバラという街に住んでいたのですが、すごく複雑な構造の街で非常におもしろく、きれいでいいところだったので、ここを舞台にしたいなと思いました。
──舞台を思いついたら、次は登場人物ですね。
舞台を最初に思いついたので、時代は19世紀にして、そこで主人公になりそうなキャラクターがいるとしたらどんな人かなというところから、カトリを考えました。どっちかというと、彼女は僕の中ではベーシックな主人公像というか。ある程度勇気も自信もあるのだけれど、ちょっと未完成なところがある。逆にリズは、カトリとは対照的というか、バディ(相棒)的なキャラクターがいるといいなというところから思いつきました。エディンバラの街が旧市街と新市街に分かれていることもあり、カトリは旧市街、それに対して、リズは新市街のちょっとお金持ちのキャラクターにすると、物語にも一体感が出るかなと。
──作品のすてきな世界観はどこから生まれたのですが?
僕が子どものころ、昔の時代の話、外国の話といった自分と距離がある話が好きだったので、そういうところを意識して書きました。小中学生のころって、学校に毎日通うなど、自分から環境を変えることは、なかなかできないという意味で、僕は退屈だったという記憶があります。そういうときに、違う世界の話を読んで楽しんでほしいな、と思って書いたところがあります。小説家のラヴクラフトのクトゥルー神話の作品が僕は結構好きなので、そういうところもベースにしました。僕の作品を読んだ方からも、雰囲気が似ているといわれます。幻想小説というジャンルが、すごく好きなんです。現実と対比されるような。不合理な世界だけれど、美しいみたいな描写がすごく好きなので、そうした世界観をつくっていきました。
──登場する物の描写がとても丁寧で、文章を読んだだけで頭に浮かんできます。
たとえば19世紀のスコットランドの家にどういうものが置いてあるとか、調度品がどのようなものなのかというのは資料で調べますし、当時流行していたファッションも調べます。当時の固有名詞なども取り入れて、リアリティーを出すようにしています。今は博物館などがデジタルアーカイブを公開していますし、古い資料集を買って調べたり、当時の地図もデジタルアーカイブになっているので、それを見たり。おもしろいところでは、当時の新聞を見ることができるサイトがあるのですが、そこで当時生きていた人たちが「こんなふうに生きていたんだな」というのがわかって、それを読んで使えそうなものがあれば、取り入れたりします。
──カトリやリズだけではなく、作品に登場する人たちは、みんな生き生きしていますよね。
それぞれの登場人物にそれぞれの人生があることを、きちんと描きたいなと思っています。だから、時間がたったら状況も変わるというか、成長していくところを描きたいと思ったんですよね。たとえば、今作では2巻、3巻と進む中で、カトリと、その周りの関係性も変わっていきます。そこはシリーズを通して楽しんでもらうポイントになれば、と思いました。
──どのようにして作品を書き進めていきましたか?
書きたいところから書くタイプなので、物語のポイントとなるシーンだったり、会話やせりふだったりを書き割りで簡単な描写を入れて1つの文にします。細かい描写にはこだわらず、何が起きて、誰がこういうことをしたみたいなことをシンプルな形で通勤中に携帯で入力したり。それがある程度たまってきたら、骨組みができあがってくるので、そこに具体的な描写を重ねていきます。簡単にいうと、先にデッサンを描いて、そこに色をつけていくというようなイメージです。たまにイメージの絵を描くこともありますが、基本的には文章ベースです。
──1つの作品を書くのにどれくらいの時間がかかりましたか?
1冊書くのに、まず初稿にかける時間が3〜4か月。編集者さんとやりとりをして内容を詰めていって、そのあと時間がかかりますね。もっと早い人はいっぱいいると思いますし、僕は子どもが生まれてからは、時間がかかる状態になっているので、もっと効率的に書きたいと思っています。
──作品は毎日少しずつ書くのですか?
そうですね。毎日です。何かしら書くぞ、というルールにしています。会社員なので、朝は子どもの世話をしたあとに出社して、帰宅したら夕ご飯を食べて、子どもを寝かせてちょっと仕事をして、そのあとに創作の時間という流れで、だいたい21〜22時くらいから始めて、2〜3時間書くというのを毎日やっています。
──1巻から3巻までストーリー展開を生み出していった流れを教えてください。
1巻はすごく前向きで、カトリの自分の世界が広がって博物館で働きますというエンドだったのですが、だいたい次はそんなにうまくいかないじゃないですか。希望を持って就職をしたり、新しい環境に飛び込んだりしたとしても、「あれ?ちょっと思ったのと違うな」という経験は僕もあるので、そういう悩みを柱にしたらリアルになるかなと思いました。成長も描けるので。2〜3巻はなんとなく前の巻の流れの中でどうしたらおもしろいのかとか、何となく考えました。1巻、2巻があって、リズは何を考えているんだろうなと。どうしてもカトリの成長があるので。成長物語というのは、カトリみたいに社交的で、もともと頭が良くてっていう人が、いろいろな人の力を借りて、目標を達成していく過程だと思うのですが、リズはそうじゃないと思うんですね。彼女はあまり社交的じゃないし、確かに家はお金持ちだけれど、いろいろと鬱憤を抱えていて。だから、カトリは社会の中で育っていくけれど、リズには別の道があるのだろうと思ったのが、3巻なんですね。1〜2巻では、いわゆる「あちらの世界」を美しく描いているので、リズはむしろそういう世界に共鳴する。カトリは社会の中で生きていける人なので、きれいだけれど、ちょっと空虚だなって思ったりすると思うんですけれど、そうじゃない世界に対してリズは共鳴しやすくて、それに対してネガティブな気持ちがない。自分がやりたいことをやる。ほかの人がそれに対して知らないよっていうのは1巻のときから書いていたので、そういう意味で、普通にカトリが成長していくのと同じように、リズにも自分の道を行くというようなものだと、僕は思っています。
──それでは1巻から3巻までひとこと解説をお願いします。まずは1巻『カトリと眠れる石の街』。

先にもお話ししましたが、子どものころに好きだった、古きよき19世紀のイギリスの昔の冒険小説のエッセンスを入れ込みました。エディンバラという街の旧市街の入り組んだ感じや、地下に何が埋まっているのかわからないという不気味さだとか。そこに子どもだけで挑んでいくという、伝統的な冒険小説のおもしろさを、意識して書きました。イラスト担当のまくらくらまさんには、地図も描いていただいて。
─2巻『カトリと霧の国の遺産』をお願いします。

2巻では、逆に幻想小説のエッセンスをたくさん入れました。ラヴクラフトやボルヘス、エンデに加えて、日本の幻想作家の作品をモチーフにして、すごく美しい街を描きたいなと思って書きました。霧の街が出てくるんですけれども、その描写は個人的にものすごくこだわって書いたので、そこを楽しんでいただけたらと思っています。
──エディンバラ編の最後となる3巻『カトリと夜の底の主』は?

ふろしきをまとめるというところと、カトリとリズの関係、外の世界というところもあるんですけれども、思春期の子どもの関係が大人になるにつれて変わっていくみたいなところを描きたかったので、青春小説というか、人と人との関係に焦点を置きました。1〜2巻で築かれたカトリとリズの関係がどのように変わって、どういう結論になるのかというところを楽しんでいただけたらな、と思っています。「カトリ」シリーズについては、これからの構想もあるので、次を書く機会があるといいなと思います。
【 人生について 】
──子どものころはどんな子どもでしたか?
子どものころは、普通の子どもです。平日も公園で野球をやっているような。家では結構本を読むほうだったのですが、友達と本の話をしたという記憶はなくて。音楽やテレビ番組、ゲーム、漫画とかは友達と話した記憶があるんですけれど。「今週のジャンプ読んだ?」みたいなのとか、CDを貸し借りしたり。そういうことは友達と楽しんだ記憶があるのですが、「この本おもしろいんだよ」と友達に話した経験は全然ないかもしれないですね。本に関しては、そういう記憶がいっさいなくて。本って、自分にとってすごくプライベートなものだったんですね。父親の仕事の関係で、海外暮らしがちょくちょくありまして。ボストン(アメリカ)に住んだり、北京(中国)に住んだりとかがあったので、将来外交官になりたいとか、卒業文集に書いていた気がします。
──そのころの将来の夢は外交官だったんですね。子どものころに物語を書いたことはあったのですか?
小説を初めて書いたのは、小学校3年生のときです。夏休みの自由研究で何も用意していなくて、残り10日間で何かできるかと考えたときに、ちょうど原稿用紙があったんですよね。貯金箱とかを作るとなると、粘土や針金を買ってこなくちゃいけないのですが、小説は原稿用紙があれば書けるから、小説を書いたんです。そのころ、恐竜が好きだったので、恐竜を主人公にしました。何の反応もなかったですけれど、それで何とかしのいだというだけの思い出があります。それが、小説を初めて書いた思い出ですね。子どものころから、書くことに対して抵抗感はなかったのかもしれないですね。
──海外生活は長かったのですか?
もともと、千葉県で生活をしていました。ボストンは小学生のときに1年間、北京は小学校の高学年から中学2年生までの3年くらいです。北京のときは、当時ちょうど北京オリンピックの前だったので、すごい勢いで発展していて、ビルが急激にたくさん建っていく光景とかを初めて見たので衝撃でした。
──高校生活は日本で?
千葉県内の高校に行って、そこで陸上をやっていました。電車通学で、その際に本をよく読んでいましたね。
──そして大学へ。
将来こういうふうになりたいから勉強をするというよりは、興味がありそうなことを勉強していました。就職活動をやりたくなくて、大学院に行った感じです。エディンバラを選んだのは、奨学金の金額内ということもありますが、写真を見たらすごくきれいな街で、専攻している政治学の分野の研究者もすごく優秀な人がそろっていたので。言ってしまえば、成り行きで選んだ部分もありますが、実際に行ってみると本当にすばらしい街でした。1年半くらい生活しましたが、すごくいい経験でした。お金があったら博士課程に進みたかったですけれど、働かないとそろそろまずいかなと思って社会人になり、現在に至ります。
──これからの目標を教えてください。
これからも、おもしろい作品を書いていきたいな、と思っています。自分の中のテーマというか、「ここではない世界(エキゾチズム)」と「美しさがある世界(ピクチャレスク)」を描いていきたいと思っています。あとは、新しいもの好きなので、何か新しい表現の方法ができないのかなと考えています。これからも、ものづくりというか、そういう観点からも、小説には関わっていきたいなと思います。
──読者である子どもたちに向けてメッセージをお願いします。
新しい経験をしてほしいな、と思います。そんな大それたものじゃなくてもいいので、話したことのない友達に今日話しかけてみようとか、読んだことのない本を読んでみようとか、食べたことのないものを食べてみようとか。チャンスがあったら、新しいことにチャレンジしてみることの積み重ねの先に、何かあるのかもしれないので。自分はこういう人なんだ、と思い込んでしまうと、新しい可能性が出てこないと思うので、試してみる気持ちを持って、日々楽しんでいただけたらと思います。僕は小説を書いているというと、驚かれるんですよね。児童書を書いているように見えないようで。仕事と違うことをやってみてもいいと思いますし、僕自身、新しいことをつねにやってみようと思っています。
東曜太郎先生 プロフィール
1992年生まれ。千葉県出身。一橋大学社会学部卒業。エディンバラ大学国際関係選考修士課程終了。『カトリとまどろむ石の海』で第62回講談社児童文学新人賞佳作に入選(のちに『カトリと眠れる石の街』と改題し出版)。著書に『カトリと眠れる石の街』、その続編シリーズ作品『カトリと霧の国の遺産』、『カトリと夜の底の主』がある。
東先生のSNS
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(取材:2025年5月13日「デジタル少年写真ニュース」吉岡)